ここ最近、私が様々なお客様とお話をお伺いさせていただいた中で感じたことを書きたいと思います。

皆様の地域ではいかがでしょうか。


私が専門に取り扱っている分野(花環名札や葬儀看板を出力するためのソフト、及び大型インクジェットプリンター)はここのところ勢いを失っております。

葬儀の業界は不景気は関係ない。なぜなら人の死は必ずやってくるもので、この世から無くならないものであるから…という定説は崩れつつあります。

この不景気でデフレ状態が続き、先が見えない混沌とした現在では、亡くなった人にはお金は使わなくなっているようです。または、十分な葬儀をあげるだけの資金が無いという家庭が増えているといった方が正確でしょうか・・・。

また、核家族化が進み、これまで当たり前だった会葬者を沢山呼ぶような葬儀の形も減り、今では身内のみで執り行う家族葬や密葬という低価格な葬儀が増え、葬儀社も非常事態とも言えるような状況下にあります。

また、核家族化は親戚同士や地域の方々との関係を極力避けたり、または合理化と名打っての簡素化によって本来葬儀社にとっては一番の稼ぎ頭とも言える花環や供物に最も大きな影響が出ています。

更に、葬儀業は儲かるという思い込みからか、異業種からの新規参入のラッシュで、もはや葬儀業界は熾烈なダンピング合戦となっています。

花環は減る一方で家族葬や密葬という告知をしない形式の葬儀が増えている中で、葬儀社が求めるシステムもここ5年もの間に大きく変わってしまいました。

あと15年も経てばいわゆる団塊の世代の死亡率が高くなるという一方で、葬儀の施工単価は低くなるという側面と付き合っていかなくてはなりません。

まだ、先にあるぼんやりとしたものではありますが、かなり前倒しでその波は来ていると感じられます。

弊社の筆耕システムにおいても、ここ最近では以前のような必要性を感じられなくなってきているようで、既存のシステムで事足りているようです。

しかしながら、なにもせずに手をこまねいているようでは、いざ勝負の時には相当な出遅れをとってしまうことは必至です。

本来、仏教、神道、キリスト教などの宗教文化という見地から、葬儀の業界においての変革という言葉は難しいものとしてとらわれてきましたが、文明の発達によって様々な演出ができるようになったおかげで、葬儀という保守的なイメージではなく、さらなる創造の保守という形で葬儀の演出に挑戦していくところが今後は生き残っていけるものと思います。

実際に案内看板や式場大看板、幕関係、室内の各案内表示など、細かなところに配慮したイメージの良い施工を行っているところは、会葬者の方々がよく見ていて、次なる顧客の獲得に成功しています。

昔ながらのスタイルもそれはそれで守っていくことは、何を差し置いても最重要課題として取り組みつつ、時代の流れに沿って新たな変革という創造的なスパイスを持ち合わせることが次なる重要課題ではないでしょうか。

そのための筆耕システムとして大いにご活用ください。

2010.01.21 Thu l 感じたこと l コメント (1) トラックバック (0) l top
何事も上手になるということは、日ごろの練習が大切です。

特に人前でのスピーチや、大切なお客様での重要なプレゼンテーションは、いかに日ごろからイメージトレーニングやシュミレーションを重ねていないと、いざと言う時に頭の中が真っ白になってしまい、結局何を伝えたかったのかが良く分からぬまま貴重な時間を費やしてしまいます。

自分だけの時間ならいいとしても、アポイントを取っていったにも拘らず、ご多用のお客様の貴重な時間をも無駄に費やしてしまいます。

時間を盗むことは、金品を盗むことよりも罪深いことです。

何故なら、その方の人生の時間を無意味なものにしてしまうからです。
時間は二度と戻る事はなく、ましてや無駄な時間ともなれば、神様から与えられた限りある命の寿命を奪うことになるからです。

そんな無駄な時間を費やさないためにも、ここ一番の時のために真の力を発揮し自分と周囲の人々が貴重な時間を有意義なものとして過ごすためには、やはり日ごろの『練習』は必要不可欠です。

こんな言葉があります。。。



一度さぼれば自分に分かる。

二度さぼれば友人に分かる。

三度さぼればお客様に分かる。



と言うように、そのことを一番認識しているのは、実は自分しかいないのです。

練習はスポーツの世界だけではありません。

日ごろの営業活動にも大いに共通するところがあります。

日頃、自分がどれだけ練習しているか振り返ってみるのもいいかもしれませんね。



2009.12.09 Wed l 感じたこと l コメント (0) トラックバック (0) l top
子供の大望を聞いて笑ってはいけない。

子供にとって、笑いはからかいを意味することが多く、

からかいほど心を苦しめるものはない。

子供が身のほど知らずの大望について語るときに親のなすべきことは、

その大望についてあらゆる観点からよく話しあってやることだ。

そして、できることなら、どうすればその目標に成功する望みを持って近づけるか、

その方法を助言してやる。

それから、さあ、やりなさいと前進を勧める。

ありとあらゆる激励を与えてやる。

何よりも、子供が自力でできることには手を貸さないことだ。

自分で自分の成功を育てる特権と感激を取り去ってはいけない。


デール・カーネギー名言集より



日頃、お子さんとの何気ないやり取りや、子供から発信するシグナルやメッセージを受け止めるよう心がけたいものです。

何気ない言葉や行動の裏には、彼らなりの考えがあることを忘れてはいけないように思います。

彼らの考えや思いを頭ごなしに否定したり、削除することは避けたいものですね。

そして、忙しさのあまり心の余裕がなかったり、また自分の時間に没頭するあまり、そういった子供からのシグナルを見過ごしている、あるいは分かっているけど後回しにしてしまう。

そんな経験、親なら誰でもあるはずです。

子供は少しだけでもかまってやるとずいぶんと変わるようです。

家庭内での何気ないやり取りが子供達の成長につながり、思いやりのある人間へと形成されていくと私は思います。

世間では『20年度の小中学生の暴力行為が過去最多に。中学生は初の4万件超』というショッキングなニュースも耳にします。

私たちはサッカーを通じて、真の青少年の育成に取り組んでいるチームであることを誇りに頑張っていきたいと思います。


子供の大望があったら、ぜひじっくりと話し合ってみてください^^
2009.12.01 Tue l 感じたこと l コメント (0) トラックバック (0) l top
先日の郵便局で見た光景。

私の前にならんでいた腰は深く曲がり、きれいな白髪で顔はしわくちゃのおばあ様のことです。

おばあさんは、2通のはがきを手にし、自分の番が来るのをじっと待っていました。

いよいよ自分の番が来ました。

おばあさんは郵便局員に、『お忙しいですか?』と聞き、

局員は、『ええ、年末に近づくとやはり忙しくなってきますね・・・。』と答えました。

そんな会話を交わしながら、おばあさんは手に持っていた2通のはがきを差し出しました。

そして、おばあさんは続けてこう言いました。

『年末のお忙しい中、私のはがきも届けてくださるんでしょ・・・?』

『本当にご苦労様です。ありがとうございます。ありがとうございます。』

『では、しっかりと届けてくださいね。よろしくお願いいたします・・・。』

と言いながら深々と頭を下げていました。

局員さんも、『大丈夫ですよ!ちゃんと届けますからね^^』とにこやかに返してました。

何ともいえない和やかな空間が生まれました。

私の順番になり、私も、『・・・、宜しくお願いします!』と料金を払いながらそう言ってみました。

そしてお釣りをもらう時には、『ありがとう。』って自然に出て来ました。

たった数通の封筒を出しにっただけなのに、とてもいい気分になれました。


毎日様々な場所で、場面でこういったやり取りは行われていると思いますが、お金を払う時にこちらから、『よろしく』『ありがとう』って言えるのって、どこか心が豊かになった気分になれます。

私も日頃たくさんのお客様と接していますが、逆に『ありがとうね!』って言われると『そんな・・・。お礼を言いたいのは私の方です。では、もっと頑張ります!』っていう気分になります。

私だけではなく、おそらく殆どの人が私と同じ気持ちになるはずです。


お金をいただく時も、払う時も、またお金ばかりではなく、人に何か力を貸す時、また助けられた時、運転中に進路を譲っていただいたとき、または譲った時、がんばっている部下の背中を見た時、または上司が見ててくれた時、様々なありとあらゆる場面での何気ない感謝の言葉って本当に大切ですよね。

これって日本人が最も大切にしてきた文化ではなかったのでしょうか?


生きた無形文化財のお年寄りからは本当にたくさんのことを学べるはずです。


やはり人生に深みがありますね・・・。


私も、後世に何かを伝えられるように年を取っていきたいと思います。
2009.11.20 Fri l 感じたこと l コメント (0) トラックバック (0) l top
自分らしいってどういうことでしょう・・・。

今日、あるお客様(私の先輩なんですけどね・・・)から励まされました。


ついこの間、お客様からこんなこと言われてしまいました。

『いちいちお宅に何かと頼むのが面倒だからもういいよ・・・。』

『貸してもらってるパソコンか?借りた分お金払うよ・・・。』

『お互いに色々とそのほうがいいでしょ・・・。お金なら払うから・・・。いくらだよ・・・。』


正直、とてもショックでした。

そんなことがあって、新規の飛び込み営業をしようと出張に出たものの、朝から気分が乗らずただただ車を走らせるだけ・・・。

いざ、お客様の扉を開けようとしても開けられない・・・。

どうせまた、『何しに来た?今日は何ですか?』って言われるのがおち・・・。

そんなマイナスのことばかりが頭から離れなくて、結局帰ってしまいました。


そんな時、こんな自分を叱ってほしいのか、励ましてほしいのか分からないのですが、ちょっと遠いのですがある先輩のところに寄ってみました。

始めはこんな話をするつもりは無かったのですが、ついつい聞いてほしくて、『私はこんな自分が嫌になる時があり、出来ることなら直したい』・・・と話しました。

その先輩は、『直んないよ・・・。』

『・・・って言うか、直す必要が無いじゃん。悩むやつは悩むんだよ。悩まないやつは悩まないんだよ。』

『悩んで悩んで、そして結果を出すやつと、悩まなくてもなんとなくこなしてしまうやつがいるのは仕方ないことなんだよ。』

『だから、お前は悩んで、そして結果を出していく。それがお前であって、お前らしいんじゃないの・・・。』

『悩まないやつに悩めといっても無理だし、悩んでいるやつに悩むなといっても無理・・・』

『こうなりたいとか、こうあるべきだ・・・なんてあまり考えすぎないほうがいいな・・・』

『人それぞれに顔が違う・・・、体重が、身長が、性格が・・・何億人という人間でも一人として同じ人間なんていないんだから、自分は自分でいい。』

『自分らしくいること。そんな自分がこの世に存在しているということ。それはお前のご先祖様から今日にず〜っと受け継がれてきたこと・・・。まず、ご先祖様に感謝しなさい。』


・・・最後のこの言葉にはジ〜ンときましたね。

すぐさま、おばあちゃんとおじいちゃんの顔を思い浮かべました。

そして、心の中で『ありがとうと』つぶやきました。

まっ、こんなことがありました・・・。
2009.04.03 Fri l 感じたこと l コメント (0) トラックバック (0) l top